史跡めぐりクラブの平成29~30年度活動


  第48回 谷中(北側)史跡めぐり(22名参加)

2019年3月29日(金)

 

 花冷えの天気となった中、日暮里駅から幸田露伴旧居跡の前を通り、桜が咲き始めた谷中霊園に入り、天王寺、五重塔跡、徳川慶喜墓所(正室、側室などの方々と共に神式土饅頭型の墓が並んでいる)・横山大観・鳩山一郎・渋沢栄一などの墓を周る。

 その後、八万四千体地蔵尊大建立誓願の浄名院、旧吉田屋酒店(元は現在の天王寺のあたりにあったようです)、大きな桂の木がある愛染院とも呼ばれる自性院、名刹の瑞輪寺、西光寺(韋駄天寺)を周った。

天王寺にて
天王寺にて

  第47回 人形町から日本橋史跡めぐり(15名参加)

2018年12月7日(金)

 

 日比谷線人形町駅からガイドの方のご案内で歩き始める。先ず行ったのは大観音寺。残念ながら本尊の大きな鉄造菩薩頭(頭部のみの本尊で高さが1.7m)拝見することはできなかった。毎月17日に開帳され、拝むことできるとの事。玄冶店(たな)跡、江戸の医官岡本玄冶が幕府からの拝領町屋があったところ、近くには末広亭跡や毛抜きで有名な老舗の「うぶけや」もある。この辺りは葭原(吉原)のあったところでもある。通りを渡って吉原の守り神、末廣神社に行く。甘酒横丁を通り、老舗見ながら進む。鯨の石像のところで鯨のひげが操り人形の材料として欠かせないものであったとの事の説明を受ける。近くの谷崎潤一郎生誕の地と西郷隆盛が2年間過ごした屋敷跡も周った。小網神社でお参りを済ませた後、記念撮影をして日本橋方面に移動。

 江戸橋北交差点から1つ中に入ったところの道が按針通り、この辺りに三浦按針(英国人ウイリアム・アダムス)が拝領した屋敷があったとの事。

日本橋には日本橋魚市場発祥之地の碑、国道路元標、高札場の碑があり説明を聞いて終了となる。

 昼食後、銀座線三越前駅地下コンコース展示されている『凞代勝覧』絵巻(拡大複製版)を鑑賞して帰途につく。

今日は曇で朝方肌寒かったが、午後はこの時期にしては暖かい一日でした。ご参加の皆様お疲れ様でした。


  第46回 結城史跡めぐり(24名参加)

2018年9月28日(金)

 

 前日まで雨模様が続いていたが、この日は秋晴れに恵まれた。宇都宮線の小山駅で水戸線に乗換、二つ目の結城駅を降りた。

 結城駅から結城市観光ボランティアガイド協会の方の案内で見世蔵、初代藩主 結城朝光の墓所のある称名寺と周り説明を受ける。

 結城酒造では来月から仕込み作業があるのでその準備中とのこと。酒造りの説明を受け、お楽しみの試飲や酒粕で作られた羊羹の試食をさせて頂き、お土産に買い、4合瓶をぶら下げてお隣の弘経寺に向かった。門をくぐると境内にある幼稚園の園児が音楽に合わせて運動会の練習中、かわいいしぐさに一同和む。弘経寺は十八代秀康の娘、松姫が早世したおりに高僧を招き建立した寺とのこと。ここでお決まりの記念撮影。

 結城と言えば結城紬が有名。結城紬が見たいとの要望で急遽予定になかった『つむぎの館(奥順)』の陳列館を見学、蔵美館を最後に見て食事処に向かった。

 食後は駅前にある観光物産センターで地機(じばた)織の実演を見学、お土産を買って帰路につきました。ガイドさんありがとうございました。ご参加の皆様お疲れ様でした。

弘経寺にて
弘経寺にて

  第45回 旧千住宿(南千住側)史跡めぐり(18名参加)

2018年6月8日(金)

 

 旧千住宿の史跡めぐりは昨年1月に北千住側を周ったので、今回は残る南千住側を荒川区観光ボランティアガイドの方の案内で周った。

 JR南千住駅をスタートまず向かったのは小塚原刑場跡と延命寺、刑場は明治時代の初めごろ廃止されたとの事。ここには刑死者の菩提を弔うために大きな石の首切り地蔵尊(延命地蔵尊とも言う)があり、少し離れて小塚原回向院がある。吉田松陰や橋本佐内などの幕末の志士の墓石が多く並ぶ。またここは刑死者の腑分けに杉田玄白らがオランダの解剖医学書を手に立ち会った場所でもあり、後に翻訳した「解体新書」が発行されることになる。これを記念して壁面に近代医学の発祥の地として「観臓記念碑」が設置されている。

 次に行ったのが浄閑寺、ここは新吉原の投げ込み寺と知られ「新吉原総霊塔」などがある。

 三ノ輪橋を通って日光街道を渡り、円通寺に行った。ここは上野戦争で戦死した彰義隊士の墓石もあり、供養した縁で上野にあった黒門が移築されている。この黒門には多数の弾痕があり、上野戦争の様子がなんとなく想像できた。

 最後に近代工業遺産の旧千住製絨所煉瓦塀を見て、素盞雄神社で記念撮影をして、食事処に行った。

 梅雨の合間の日差しの強い中の散策となった。お疲れ様でした。

素盞雄神社にて
素盞雄神社にて

  第44回 井の頭公園と吉祥寺散策(13名参加)

2018年3月30日(金)

 

 吉祥寺駅から武蔵野市観光機構のボランティアガイドの方のご案内で散策した。

 先ずは吉祥寺と言うお寺がないのに吉祥寺という街になった由来を聞き、散策を開始した。初めに向かったのは日本さくら名所100選に選ばれている井の頭恩賜公園。桜は例年より早く満開となり、この日はすでに散り始めていた。ただ風に吹かれて舞い散る花びら、花筏もまた風情があり大変よかった。

 平日の10時頃ということもあり、池の周辺はそれほど混雑していなかった。池の中程に架かった七井橋から見る桜は大きな幹や枝が池にせり出した景色はここの見どころ。ただ現状の池の自然環境は問題が多く、自然保護活動に取り組んでいる話もお聞きした。

 二つの橋を渡り、弁財天に行き、お参りを済ませ、人面蛇体の宇賀神石像などを見る。近くには徳川家光が「井之頭」名付けたと言われる「お切り付けの碑」もあった。湧き水のお茶の水、御殿山遺跡、文化園本園の入り口で説明を聞き、駅の北側にある武蔵野八幡宮、四軒寺の安養寺、月窓寺と廻って最後に駅の側にあるハーモニカ横丁を通って吉祥寺駅に戻った。約4㎞のコースでした。


 第43回 旧内藤新宿史跡めぐり(26名参加)

2017年12月1日(金)

 

 江戸四宿これまで板橋宿、千住宿、品川宿をめぐり、今回は最後の内藤新宿をめぐった。

 新宿御苑新宿門からガイドさんのご案内で紅葉した散歩道(玉川上水・内藤新宿分水散歩道)の落ち葉を踏みしめながら四谷大木戸水番所跡まで、内藤新宿について説明を聞きながら歩いた。ここには四谷大木戸跡もある。この後 花園公園の一角にある落語家三遊亭円朝旧居跡、太宗寺では信州高遠藩主 内藤正勝の墓石、江戸六地蔵の一つや閻魔像、奪衣婆像などを見る。もう一つの奪衣婆(綿のおばば)像のある正受院、投げ込み寺の成覚寺、寄席の末広亭と周り、追分を通って、最後に天龍寺に行く。この寺は家康の側室で二代将軍秀忠と忠吉の母、西郷の局のために作られたとの事。江戸に九つあった時の鐘の一つがある。

 昼食後、都合の良い人で紅葉真っ盛りの新宿御苑に行き、日本庭園などを散策して帰る。

新宿御苑新宿門にて
新宿御苑新宿門にて

 第42回 旧杉戸宿史跡めぐり(24名参加)

2017年9月29日(金)


 杉戸宿は日光街道五番目の宿場町。東武動物公園駅の東側に位置し、西側に古利根川が流れ、川を境にしてこの辺りは昔 下総の国(千葉県)だったとのこと。
 杉戸宿案内人の会のボランティアガイドの方の案内で宿場の面影が残る史跡を周った。大銀杏のある杉戸宿の鎮守愛宕香取神社、立派な古民家2軒を外側から見学。宝性院不動寺ではご住職から秋の味覚のご接待をお受けした。感謝感謝。その後、今も屋根付きの門が残る本陣跡、問屋場跡、明治天皇御小休所阯(天皇が5分ほど休息をとった場所)、今も残る旅籠の蔵、神明神社(杉戸宿新町の鎮守)、再建された高札場を見学。最後に2本の大きな銀杏の木のある近津神社では互いにソッポを向いた(理由ははっきりしていないとの事)珍しい狛犬があった。
 お昼は杉戸宿名物のうなぎの天ぷらを頂いた。
 日光街道21宿場町中、これまでに古河、草加、粕壁、千住を周ったので今回で略1/4行ったことになる。今日は秋晴れの好天に恵まれた一日でした。

宝性院不動寺にて
宝性院不動寺にて

 第41回 浅草史跡めぐり(25名参加)

                   2017年6月23日(金)

 

 誰もが何度か訪れた事のある浅草寺を台東区観光ボランティアガイドの方の案内で、多少詳しい説明を受けながら周った。
 雷門からスタート、雷門(風雷神門)は雷神・風神が収められていることは皆さんご存知の通り、殆どの人は大きな提灯の下をくぐり仲見世へと入っていき、後ろを振り返ったことがないと思う。今回は門の裏側も確認した。裏側には一対の擬人化された龍神像があることが分かった。浅草寺の山号は金龍山と言われることからこの龍神像が奉納されたようだ。
 仲見世は90の区画に店が並んでいるとのこと。仲見世の途中から伝法院通りへ歩く。お狸様のご利益で関東大震災や東京大空襲でも焼失しなかった鎮護堂へ行く。ここから塀越しに伝法院の見事な庭園の一部を見る事が出来た。春には一般開放が行われるとのこと。再び仲見世の通りに戻り浅草寺の起源などの歴史について説明を受ける。
 宝蔵門にも奉納された大きな提灯吊られ、裏の両側には大きなわらじが吊られる。二層部分には古い経典(国の重要文化財)が収められているとの事。線香のけむりのなか、本堂の階段を登り、外陣に入り手を合わせる。その後浅草神社に向かう。
 浅草神社は観音様を隅田川から見つけ、お堂を建て、供養した三人を祀った神社。有名な三社祭はここのお祭り。
 最後に二天門に行く、国の重要文化財の建築物とのこと。数少ない古い建築物の一つ、門の両側には江戸時代の作となる増長天と持国天が収められている。
 これまで何気なく訪れてきた浅草寺について、今日はより詳しいお話を聞く事が出来た一日になった。

二天門側から宝蔵門と五重塔をバックに
二天門側から宝蔵門と五重塔をバックに